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東京地方裁判所 平成6年(ワ)20107号 判決

主文

一  被告共同通信社は、原告に対し、金四〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告共同通信社に対するその余の請求及びその余の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告共同通信社との間において生じたものは、これを八分し、その一を被告共同通信社の、その余を原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間において生じたものは、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

(第一事件)

被告岩手日報社は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

被告福島民報社は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第三事件)

被告西日本新聞社は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第四事件)

被告河北新報社は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第五事件)

被告神奈川新聞社は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第六事件)

被告共同通信社は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第七事件)

被告共同通信社は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第八事件)

被告共同通信社及び被告北海タイムス社は、原告に対し、各自一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告岩手日報社、同福島民報社、同西日本新聞社、同河北新報社、同神奈川新聞社及び同北海タイムス社(以下「被告加盟社ら」という。)の発行する各日刊紙の記事により名誉を毀損されたとして、右被告ら及び右各記事を配信した被告共同通信社に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1(一) 原告は、かねて愛人関係にあった乙山春子(以下「乙山」という。)と共謀の上、妻であった甲野花子(以下「花子」という。)を被保険者とする生命保険金等を入手する目的で花子を殺害しようと計画し、昭和五六年八月一三日乙山において花子を殴打して殺害しようとしたとの殺人未遂事件の容疑で昭和六〇年九月一一日逮捕され、その後右殺人未遂事件につき起訴され、昭和六二年八月七日懲役六年の有罪判決を受け、これに対し控訴をしたが控訴棄却の判決を受けた。また、原告は、実行犯人と共謀の上、花子を被保険者とする生命保険金等を入手する目的で昭和五六年一一月一八日花子を銃撃して殺害したとの殺人事件の容疑で、昭和六三年一〇月二〇日逮捕され、その後右殺人事件等につき同年一一月一〇日起訴され、平成六年三月三一日一審で無期懲役の有罪判決を受けた。原告は、右各事件について一貫して無罪を主張し、右各判決につきいずれも上訴して争っている。

(二) 被告共同通信社は、内外のニュース及びニュース写真を編集し、これを敏速、的確に社員である新聞社、NHK及び海外の報道機関に通報すること等を業務とする社団法人である。

(三) 被告加盟社らは、いずれも日刊新聞の発行等を目的とする株式会社であり、被告岩手日報社は日刊紙「岩手日報」を、被告福島民報社は日刊紙「福島民報」を、被告西日本新聞社は日刊紙「西日本新聞」を、被告河北新報社は日刊紙「河北新報」を、被告神奈川新聞社は日刊紙「神奈川新聞」を、被告北海タイムス社は日刊紙「北海タイムス」を、それぞれ発行、販売している。

2 被告共同通信社は、原告が前記1(一)記載の殺人未遂事件で逮捕された昭和六〇年九月一一日、被告加盟社らに対して、原告に関し、「ウソと打算で固めた半生」「ドス黒い甲野の横顔」との見出しを付した別紙一記載の記事を配信した。

3(一) 被告岩手日報社は、翌一二日、岩手日報紙上において、被告共同通信社の右配信記事に基づき、「ウソと打算の半生」「甲野の横顔」との見出しを付した別紙二記載の記事を掲載した。

(二)被告福島民報社は、右同日、福島民報紙上において、被告共同通信社の右配信記事に基づき、「ウソと打算の半生」「ドス黒い素顔隠す」「『保険』と『女』に熱中」等の見出しを付した別紙三記載の記事を掲載した。

(三) 被告西日本新聞社は、右同日、西日本新聞紙上において、被告共同通信社の右配信記事に基づき、「ウソと打算甲野の半生」「派手な女性関係」「幼児性、凶悪さ同居」との見出しを付した別紙四記載の記事を掲載した。

(四) 被告河北新報社は、右同日、河北新報紙上において、被告共同通信社の右配信記事に基づき、「女性に異常な執着」「ウソと打算で固めた半生」「甲野の横顔」等の見出しを付した別紙五記載の記事を掲載した。

(五) 被告神奈川新聞社は、右同日、神奈川新聞紙上において、被告共同通信社の右配信記事に基づき、「ウソと打算の半生」「『幼児』『凶悪』が同居」「女性関係目まぐるしく」との見出しを付した別紙六記載の記事を掲載した。

(六) 被告北海タイムス社は、右同日、北海タイムス紙上において、被告共同通信社の右配信記事に基づき、「ウソと打算で固めた半生」「“保険と女性”に熱中」等の見出しを付した別紙七記載の記事を掲載した。

4 被告共同通信社の配信記事(以下「本件配信記事」という。)及び被告加盟社らの掲載した各記事(以下「本件各記事」という。)の中には、原告に関して、前記3記載の各見出しの下に、以下のような表現が存在する(なお、岩手日報及び河北新報においては、左記第一部分の表現のみが存在し、第二ないし第四部分の表現は存在しない。)。

(一) 「デパート関係者らと『千人斬りの会』というハントグループを結成して、ビジネスに利用するダーティーな才覚をいかんなく発揮していた。」(以下「第一部分」という。)

(二) 「酒もかけ事もやらない甲野が、女と並んで熱中していたのが、口先だけで多額の金をだまし取れる『保険』だった。」(以下「第二部分」という。)

(三) 「日本でカメラを買って保険をかけ、米国で売り払う。その一方で“盗まれた”と警察に届け、帰国後、保険金もせしめたことがある、と甲野は自慢していました。」(以下「第三部分」という。)

(四) 「五三年には、甲野の会社が倉庫に使っていたアパートが不審火で焼け、商品のランプ類が水浸しになる事件が起きる。この時、甲野は『保険には入っていない』とウソをついて、“火元”の部屋の住人を追及、保険金とは別に弁償金を取っている。」(以下「第四部分」という。)

三  争点

1 本件各記事の第一ないし第四部分は、その各見出しと一体となって、原告の名誉を毀損するか。

(被告らの主張)

(一) 本件各記事に記載された事実の主要部分は、新聞、週刊誌、テレビ等の各種報道を通じて、既に一般の国民が広く知っていたことであり、新たに原告の社会的評価を低下させたものではない。

(二) 本件各記事は、原告が殺人未遂罪の容疑で逮捕された事実に付随して、その人物像を明らかにする目的で掲載されたに過ぎず、全体的に判断した場合、右逮捕という事実が低下させた原告の社会的評価をさらに低下させたものとはいえない。

(三) 原告は、本件各記事の掲載時までに、自著及び週刊誌等において、自らの女性経験及び特異な性的傾向等を積極的に開示しており、既に、原告の右言動を前提として、原告の個性に関する社会的評価が確立していたというべきところ、本件各記事の第一部分(千人斬りの会の結成)の事実は、右評価と質的に同等か、又はこれを下回る内容であるから、新たに原告の社会的評価を低下させたものではない。

(四) 仮に、本件各記事により原告の社会的評価が多少低下したとしても、右低下の程度は極めて軽微である上、その後、原告が、花子に対する殺人未遂被告事件につき懲役六年、殺人等被告事件につき無期懲役の各判決を受けていること、右記事の掲載後既に一〇年余が経過していることを考慮すると、本件各記事を配信、掲載したことに損害賠償を要するほどの違法性が存在するとはいえない。

(原告の主張)

(一)本件各記事に記載された事実が、当時、一般の国民に知れ渡っていたということはない。仮に、それが公知の事実の報道であっても、社会的評価を低下させる以上、名誉毀損の成立を妨げない。

(二) 本件各記事は、殺人未遂事件による逮捕の事実とは何ら関連がなく、原告の純然たる私事や虚偽の事実を興味本位に摘示しており、逮捕の報道によって一定程度下落した原告の社会的評価を、さらに一層低下させたものである。

(三) 本件各記事の掲載当時、原告の個性に関し、原告が特異な性的傾向を有するなどという社会的評価が確立していたものではない。

(四) 名誉毀損の有無は、本件各記事の掲載時までに存在した事情により判断する必要があるので、右掲載後に、原告が一審で有罪判決を受け、また長期間が経過したとしても、かかる事情によって、名誉毀損の不法行為の成立が妨げられるわけではない。

2 違法性阻却事由が存在するか。

(一) 本件各記事は、専ら公益を図る目的で、公共の利害に関する事実を報道したものといえるか。

(被告らの主張)

本件各記事は、原告が逮捕された翌日に掲載されたものであり、逮捕の被疑事実や逮捕時の原告の様子を詳細に報じた記事と同一紙上において、重大な犯罪の被疑者である原告の人物像を明らかにしたものである。

すなわち、その被疑事実は、原告において、妻を被保険者とする生命保険金を入手すべく、愛人関係にあった女性に妻を殴打させて殺害しようとしたという殺人未遂の事案であるところ、本件各記事の第二ないし第四部分は、右被疑事件の重要な情状事実であり、かつ原告に係る詐欺被疑事件と同種余罪の関係に立つという意味において「犯罪と密接に関連する事実」というべきであり、とりわけ、本件各記事の第三及び第四部分は、それ自体が詐欺の犯罪構成要件事実に該当する可能性が高いものである。

したがって、第二ないし第四部分は、専ら公益を図る目的で、公共の利害に関する事実を報道したものというべきである。

また、右被疑事件は、原告の女性関係を抜きにしてはその本質を語ったことにはならないという特殊性を有していることから、原告の女性関係の一端を示した本件各記事の第一部分も、犯罪の動機、犯行方法、情状に関する間接事実となり得るものであるから、専ら公益を図る目的で、公共の利害に関する事実を報道したものといえる。

また、第一部分は、本件各記事掲載当時の原告の社会的地位ないし立場にかんがみれば、それ自体公共の利害に関する事実であり、かつその各日刊紙への掲載が専ら公益を図る目的のためであることは明らかであるというべきである。すなわち、私人の私生活上の行状であっても、その携わる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力いかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として「公共の利害に関する事実」に当たる場合があると解すべきである。他方、一般に俳優、歌手等の芸能人は、テレビ、映画に出演し、新聞雑誌等の記事の対象となること自体を当然容認しているのであるから、一般市民が関心を持つプライバシー事項について、相当の範囲でそれが公表されることを包括的に承諾しているものといえる。本件についてみると、原告は、自ら積極的にマスメディアに登場し、自己の女性体験等の私生活を公表しており、それらが相当程度の社会的影響力を有するに至っていたのであり、原告は、芸能人らと同様、自己のプライバシー事項について、相当な範囲でそれが公表されることを包括的に承諾していたものとみられるから、原告の私生活はそれ自体社会の公的関心事であり、公共の利害に関する事実となっていたものというべきである。

(原告の主張)

本件各記事の第一部分は、原告の純然たる私事を単なる興味本位に摘示するものであり、原告逮捕の被疑事実と何ら関連がないので、被告らが、専ら公益を図る目的で、公共の利害に関する事実を報道したとはいえない。

原告は頻繁にマスコミに登場しているが、それは疑惑につき弁明するためであり、プライバシーに関する権利を放棄してはいないのだから、原告の私生活は公共の利害に関する事実ではない。

本件各記事の第二ないし第四部分も、逮捕の被疑事実と「密接な関連性」のあるものでないことは明らかである。

(二) 本件各記事は真実であるか。

(被告らの主張)

(1) 本件各記事の第一部分(千人斬りの会の結成)については、従前から雑誌等により様々な報道がされていたほか、被告共同通信社の記者薗部英一(以下「薗部記者」という。)が、昭和五九年から同六〇年にかけて、原告の取引先である株式会社伊勢丹の労務担当部長牛沢修一(以下「牛沢部長」という。)に対し十数回にわたり取材を行い、同人が社長の命を受けて行った綿密な社内調査に基づく話を聞いて得られたものであり、真実である。

(2) 本件各記事の第三部分(カメラの保険金詐欺)については、薗部記者が、昭和五九年春ころ、アメリカ合衆国内で原告の知人である甲田松子(以下「松子」という。)に対し取材を行い、同人から、原告の事情を知る乙野竹子(以下「竹子」という。)の話として聞いたものであり、最近、薗部記者が改めて右両名に対し電話をし、その内容に間違いがない旨確認を取っている。また、被告共同通信社の記者牧野和宏(以下「牧野記者」という。)の取材によっても、後に花子に対する殺人事件で原告の共犯として逮捕された丙川松夫が、接見に訪れた弁護人に対し、カメラを利用した同種の保険金詐欺を原告とともに犯した旨発言していたとの事実が確認されているのであって、第三部分は真実である。

(3) 本件各記事の第四部分(出火者に対する弁償金の騙取)については、薗部記者が当該出火建物の家主に対して行った取材、被告共同通信社の記者小山鉄郎(以下「小山記者」という。)が、甲野の元妻丁原夏子の再婚相手に対して行った取材、原告が被告共同通信社の記者岡崎和人(以下「岡崎記者」という。)に対し電話で話した会話の内容から、原告が保険に入っていなかったと述べて火元の戊田から弁償金を取得した事実が確認されており、また、同社の記者備前猛美(以下「備前記者」という。)が、原告の経営する会社の営業部長水上晴由に対して行った取材、被告共同通信社の記者石川聰(以下「石川記者」という。)が、原告の友人である女性に対して行った取材、原告の自著「不透明な時」における記述から、火災で損傷を受けた商品には保険が掛けられており、原告は保険金を受領した事実が認められるから、第四部分の真実性は明らかである。

(4) 本件各記事の第二部分(女と並んで保険に熱中)については、上記の事実を総合的に評価した表現にほかならず、その前提事実が主要部分において真実であれば、真実性を有するものと評価されるべきである。

また、第二部分の「甲野が女と並んで熱中していたのが、口先だけで多額の金をだまし取れる『保険』だった。」との記載については、「保険というものは、使い方によっては口先だけで金をだまし取れる可能性があり、そのような保険を原告が通常よりたくさん掛けている」という意味であり、原告が「だまし取った」との表現は一切取られていない。原告が単なるリスクの回避のためというにはあまりにも多数の保険を掛けていたという事実をもってすれば、通常人をして不審を抱かせるに十分であり、かかる事実は、まさに原告が保険に熱中していたことを如実に示しており、第二部分は真実であったというべきである。

(5) 被告共同通信社は、原告本人に対しても、原告から同被告にかかってきた電話を通じて取材を行い、本件各記事の第四部分の事実に関して内容を否定する発言等を得たが、前記の各取材源の方が信憑性が高いと判断した。このほかにも、被告共同通信社は、原告本人に対する取材を試みたが、原告に断られるなどして不能に終わっている。

(原告の主張)

本件各記事の記載はいずれも虚偽である上、そもそも、被告共同通信社は原告に対し取材すら行っていない。

(三) 取材を行った被告共同通信社において本件配信記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があったか。

(被告共同通信社の主張)

被告共同通信社は、昭和五九年一月以降、警視庁担当のキャップ等三名の記者を中心に、四、五名の遊軍記者を配置して、面接又は電話等の方法により、前記(二)の被告ら主張欄記載のとおり取材を積み重ね、本件配信記事の内容が真実であると確信したものであり、被告共同通信社がそう信じたことには相当の理由がある。

(原告の主張)

被告共同通信社の取材は綿密ではなく、客観的事実であるとの裏付けもほとんど取られていないものであるから、本件配信記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があるとはいえない。

(四) 配信を受けた被告加盟社らにおいて本件各記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があったか。

(被告加盟社らの主張--配信サービスの抗弁)

被告加盟社らが、被告共同通信社のように確立した信用と実績を有する通信社から配信された記事を実質的な変更を加えずに掲載した場合、右配信記事が一見して明らかに不正確、不合理であると認められる場合及び被告加盟社らが手持ちの情報等から誤報であることを了知している場合を除いて、配信記事が仮に真実に反する内容のものであったとしても、右加盟社らには、右記事の内容が真実であると信ずるについて相当の理由があり、過失がないものとされるべきである。なぜなら、通信社からの配信による報道システムは、地方紙等の報道機関が、物理的、経済的、人的な制約にかかわらず、世界的、全国的規模のニュースを報道することを可能にし、報道の自由に資するとの点で社会的意義を有するところ、通信社から配信を受ける加盟報道機関において、配信記事の真偽を独自の取材により確認することは事実上不可能であり、独自の取材義務を課すことは、表現・報道の重大な制約になり、本来報道できるニュースまで報道を抑制する結果となるという弊害をもたらすものであり、他方、仮に、右配信記事に誤報が含まれていたとしても、被害者は、右記事を配信した通信社自体に責任を追及することができ、その保護に欠けるところがないからである。

なお、配信記事に基づく記事の掲載に当たり、通信社の配信にかかる旨のクレジットを付すか否かは、加盟報道機関において右記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があったかの問題とは、何ら関係がないというべきである。

(原告の主張)

被告共同通信社の配信した記事であろうと、必ずしも正確とは限らず、誤報を配信することもあるのだから、被告加盟社らにおいて、何ら裏付け取材を行わず、漫然と本件各記事を各日刊紙に掲載した以上、右記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があるとはいえない。

また、通信社の加盟報道機関が、通信社の配信記事に基づき記事を掲載したにもかかわらず、クレジットを付していない場合、一般読者に対し、あたかも自社独自の取材記事であるかのように理解させているのであるから、右加盟報道機関自体において、不法行為責任を負うべきである。特に本件配信記事は、一読して信頼性が低く、内容が不合理であることが明らかなものであって、このような記事の掲載についてまで「配信の抗弁」を認めて免責する根拠はない。

3 損害額

(原告の主張)

被告加盟社らは極めて著名なメディアであり、その発行する各日刊紙は相当の影響力を有しているため、本件各記事によって、原告の信用は大きく失墜し、多大の精神的苦痛を被った。

右精神的苦痛を金銭的に評価すると、被告岩手日報社、同福島民報社及び同西日本新聞社の本件各記事の掲載については各二〇〇万円、被告河北新報社、同神奈川新聞社及び同北海タイムス社の本件各記事の掲載については各一〇〇万円、被告共同通信社の被告加盟社らに対する本件各記事の各配信については各一〇〇万円を下らない。

被告共同通信社の本件各記事の配信行為と被告加盟社らの本件各記事の掲載、頒布行為とは共同不法行為をなすものであり、原告は、本訴において、被告加盟社らに対し右各損害の賠償を求めるとともに、被告共同通信社に対し、被告河北新報社及び同北海タイムス社への配信により被った右損害各一〇〇万円を、被告岩手日報社、同福島民報社、同西日本新聞社及び同神奈川新聞社への配信により被った右損害各一〇〇万円の一部各二五万円を、被告加盟社ら各社と連帯して支払うよう求めるものである。

(被告らの主張)

本件各記事が掲載されてから、訴えの提起時まで約一〇年が経過しており、仮にこの間に何らかの原告の社会的評価の低下及び精神的損害が認められるとしても、それは極めて軽微であり、現時点において損害賠償をもって償うべき性質のものとはいえない。

原告は、原告に関する報道が名誉毀損であると主張した損害賠償請求事件において、合計一億円を超える賠償金をマスメディア等から受領していると考えられるところ、一個人の名誉の総量には限界があること(交通事故における死亡者に対する慰謝料の基準は最高二四〇〇万円程度であるが、一個人の名誉が毀損されたことによって認められる慰謝料の総額は、死亡による慰謝料よりは当然に少ないと考えられる。)、原告の名誉が当時相当程度低下していたことを考慮すると、もはや原告の名誉毀損による損害は十分に賠償されており、現時点において損害は生じていない。

仮に原告に損害が生じていたとしても、原告の損害額は各メディアの発行部数を考慮しこれに比例するように決定されるべきであるところ、被告加盟社らの発行する各日刊紙の発行部数は、本件各記事の掲載時において、岩手日報が約二〇万二〇〇〇部、福島民報が約二四万五〇〇〇部、西日本新聞が約七六万一〇〇〇部、河北新報が約四三万五〇〇〇部、神奈川新聞が約二〇万二〇〇〇部、北海タイムスが約一六万三〇〇〇部に過ぎない。ところで、近時の原告に関する名誉毀損を理由とする損害賠償請求訴訟においては、約八七五万四〇〇〇部を発行する読売新聞に対する同種訴訟においてすら、一件につき五〇万円、多くとも一〇〇万円程度の損害賠償が認められているに過ぎないのであって、これと対比してみれば、原告が本件各記事により名誉を毀損されたとしても、被告らが賠償すべき損害額は合計で一一万円ないし二三万円程度に止まるものと解すべきである。

第三  争点に対する判断

一  本件各記事の第一ないし第四部分は、その各見出しと一体となって、原告の名誉を毀損するか。

1 一般に、民事法において法的保護の対象となる名誉とは、人がその品性、徳業、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものと解するのが相当である。

そこで、本件各記事が原告の名誉を毀損するか否かを検討するに、まず、第一部分にある、千人斬りの会というガールハントグループを結成したとの点は、原告の私生活上の女性関係に関し、不道徳な醜聞に属する具体的事実を内容とし、さらに、ダーティーな才覚を発揮して、右グループを仕事面にも利用していたとの点は、手段を選ばず、本来は許されないような方策を用いて、自己の業務を遂行したかのごとき悪印象を社会に与える表現であるから、原告の品性、信用等に対する社会的評価を低下させるものといえる。また、第二ないし第四部分については、原告が、保険契約を悪用して保険金を騙取し、又は保険契約の締結を秘して弁償金名下に金員を騙取したとの事実を内容とするものであって、いずれも原告の信用等に対する社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

したがって、本件各記事は、原告の名誉を毀損するものである。

2 被告らは、本件各記事に掲載された事実は、各種報道を通じて、既に一般の国民が広く知っていたものであり、新たに原告の社会的評価を低下させたものではないと主張する。

確かに、《証拠略》によれば、原告が昭和六〇年九月一一日に逮捕されるに先立ち、原告に関し、様々な報道がなされており、これらによりその社会的評価は相当程度低下していたものと認められるが、本件各記事に掲載された原告の私生活上の女性関係及び保険契約を悪用した金員の騙取等の各事実が、既に一般国民にとって公知の事実となっていたとまで認めるに足りる証拠はなく、被告らは、本件各記事の配信、掲載及び頒布により、一層広範囲の国民に対し、右各事実を了知させたものであり、新たに原告の社会的評価を低下させたものと認めざるを得ない。よって、被告らの主張には理由がない。

3 被告らは、本件各記事は、原告の逮捕という事実に付随してその人物像を明らかにする目的で掲載されたに過ぎず、全体的に判断した場合、右逮捕の事実により低下した原告の社会的評価をさらに低下させたものではないと主張する。

確かに、《証拠略》によれば、本件各記事は、原告が花子に対する殺人未遂罪の容疑で逮捕された翌日、右逮捕の被疑事実との関連において、その人物像を明らかにする目的で掲載されたものと認められるが、右各記事の第一ないし第四部分の各事実は、右逮捕という事実自体には含まれない独自の意味内容を有しており、読者に対し、新たな社会的事実を了知させるものであるから、単に、わずかな単語や部分的な表現のみが名誉毀損的であった場合とは異なり、原告について、右逮捕という事実がもたらしたのとは別途に、新たな社会的評価の低下をもたらしたというべきである。よって、被告らの主張には理由がない。

4 被告らは、週刊誌等における原告の言動を前提として、原告の個性に関する社会的評価は確立していたから、本件各記事の第一部分(千人斬りの会の結成)の事実は、新たに原告の社会的評価を低下させたものではないと主張する。

確かに、《証拠略》によれば、原告は、本件各記事の掲載時までに、「ペントハウス」誌昭和五九年五月号において、同誌の記者に対し、自己の成育歴、非行歴等のほか、多くの女性遍歴ないし豊富な女性経験を口述し、スワッピング・パーティーの会員であること、「千人斬りの会」のメンバーではないが、乱交パーティー等を見に行ったことはあるなどと積極的に開示しているものであるが、同誌の読者層は限られていることから、同誌に掲載された記事が、一般国民にとって公知の事実になっていたとまではいえず、原告の右のような言動を前提とする社会的評価が一般に確立していたとはいえない。他に、右の社会的評価が確立していたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。よって、被告らの主張には理由がない。

5 被告らは、仮に、本件各記事により原告の社会的評価が多少低下したとしても、右低下の程度は極めて軽微である上、その後、原告が、花子に対する殺人未遂、殺人各被告事件につきいずれも一審裁判所において有罪判決を受けていること、右各記事の掲載後既に一〇年余が経過していることを考慮すると、損害賠償を要するほどの違法な名誉毀損は存在しないと主張する。

しかしながら、本件各記事の第一ないし第四部分は、前記のとおり、原告の女性関係に関する醜聞及び保険契約を利用した詐欺の事実を内容とするものであり、これにより原告の社会的評価が当時少なからず低下したことは明らかであるところ、右各記事の掲載後の事情は、慰謝料の額を定めるにつき斟酌され得るものではあるが、名誉毀損自体の違法性を遡及的に消滅させるものではないから、原告が事後に右有罪判決を受け、また本件各記事の掲載後十数年の期間が経過したからといって、本件各記事により原告の社会的評価を低下させた行為の違法性が損害賠償を必要としない程度まで減少し、あるいは消滅するものとはいえない。したがって、被告らの主張には理由がない。

6 以上のとおり、本件各記事の掲載、頒布の各行為は、原告の名誉を毀損するものというべきである。

二  違法性阻却事由が存在するか。

本件各記事が、他人の名誉を毀損する内容であっても、右記事が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたとき、又は、仮に右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、その行為は違法性を欠き、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

そこで、右観点から、本件各記事の配信、掲載、頒布行為につき、違法性阻却事由が存在するか検討する。

1 本件各記事は、専ら公益を図る目的で、公共の利害に関する事実を報道したものといえるか。

(一) まず、第一部分について、原告が逮捕された容疑は、原告が、妻であった花子の殺害を計画し、愛人関係にあった元女優の乙山と共謀の上、乙山において、ハンマー様の凶器で花子を殴打したが、殺害の目的を遂げなかったという殺人未遂の事案であって、その後、花子が何者かに銃撃され殺害されたこととも相まって、一般の国民が右一連の事件に関心を持ち、その全貌の解明を望んでいたものである。そして、右殺人未遂事件の動機、背景事情を解明するには、逮捕された原告と乙山との関係のみならず、原告の女性関係一般、その交際の深さの程度、その女性観等についての考察が役立つことは否定できないから、第一部分の事実は、原告の私生活上の女性関係に関する醜聞に属することではあるけれども、犯罪と密接に関連しており、専ら公益を図る目的で、公共の利害に関する事実を報道したものといえる。

(二) 第二ないし第四部分については、本件各記事の掲載当時、右殺人未遂事件における原告の動機の一つは、同女の死亡に伴う多額の生命保険金の入手であると想定されていたところ、原告が、過去にも保険契約を悪用して金員を取得していた事実を摘示することは、原告の同種の行動類型を通じて、その人物像を明らかにし、右事件の動機を一層合理的、説得的に解明することにもつながるから、第二ないし第四部分の事実の掲載は、専ら公益を図る目的で、公共の利害に関する事実を報道したものといえる。

2 本件各記事は真実であるか。

(一) 第一部分について

確かに、《証拠略》によれば、被告共同通信社の薗部記者が、昭和五九年から同六〇年にかけ、株式会社伊勢丹の牛沢部長と、十数回にわたり取材のため面会したこと、右面会の際、牛沢部長は、薗部記者に対し、同社の社員のうち数十人に直接聴取した調査結果に基づき、同社の幹部職員及び取引先会社の重役等が、女遊びを目的とする「千人斬りの会」の会員となっており、原告も同会の会員であったこと、原告は、比較的短期間のうちに自己の経営するフルハムロード社と伊勢丹との取引を開始しており、不統一なサイズの品物の納入等の不正常な取引が許されていたが、その背景には「千人斬りの会」における女性がらみの私的な交際があったことなどを話したこと、牛沢部長は、右取材の際、社内調査に関する書類を確認しながら、右内容の話をし、薗部記者は、右書類の一部につき内容を閲読したことの各事実が認められる。

右事実によれば、取材対象者である牛沢部長の社会的地位及び職務内容、取材の回数、取材時の状況、牛沢部長の話の内容の具体性等にかんがみ、同人の述べた話に信用性がないとはいえないが、本件において、牛沢部長が所持していた調査に関する書類のうち、一部しか証拠として提出されていないこと、薗部記者や被告共同通信社の他の記者は、牛沢部長が調査したという伊勢丹の社員らに対し、何ら裏付け取材を行っていないこと等から、右取材の結果だけで第一部分の事実を真実であるとまで認めることはできず、他にこれを真実と認めるに足りる的確な証拠はない。

(二) 第三部分について

確かに、《証拠略》によれば、薗部記者が、昭和五九年春ころ、ロスアンゼルスに在住する原告の知人の松子に取材を行ったところ、松子は、自己の知人で原告と交際のあった竹子から、竹子と原告との会話の中で、原告が日本で購入したカメラに保険を掛け、これをアメリカで売り払い、その一方で、アメリカの警察に盗難届を提出して、帰国後保険金の支払を受けたとの話が出たと聞いたことがある旨、取材に応えていること、薗部記者は、本件訴訟の係属中である平成七年六月二七日、松子に国際電話で右の点につき確認を取ったほか、同年七月一八日、竹子にも国際電話で連絡を取り、竹子が原告から右の話を何度も聞き、それを松子に何度か伝えたことの確認を取ったこと、被告共同通信社の牧野記者は、昭和六三年一一月一〇日ころ、花子に対する殺人事件の共犯として逮捕された丙川の弁護人から、丙川と接見した際、同人は、かつて原告がカメラの盗難を偽装した保険金詐欺を犯したときに、その通訳を手伝った旨述べていたとの情報を入手したことの各事実が認められる。

右事実によれば、原告が竹子に対し、第三部分の事実の内容を何度も話したこと自体は真実であると認められるが、原告が、カメラの盗難を偽装した保険金詐欺を実際に犯したか否かの点については、竹子は何ら確認を取っておらず、また松子の話は竹子からの伝聞であるから、やはりその真偽は不明であるといわざるを得ない。そして、原告が竹子に対して述べた話及び丙川が弁護人に対して述べた話は、いずれも、詐欺を実行した時期、被害者である保険会社の名称、入手した保険金額等の点において、あいまいかつ漠然としており、本件においてこれを裏付ける証拠は何ら提出されておらず、これを直ちに信用することはできない。結局、右取材結果だけで第三部分の事実を真実と認めることはできず、他にこれを真実と認めるに足りる的確な証拠はない。

(三) 第四部分について

確かに、《証拠略》によれば、原告は、隣家の出火により、保険会社から火災保険金として一〇〇〇万円を超える金額を受領していること、被告共同通信社の備前記者が、昭和五九年一月二八日ころ、原告の経営するフルハムロード社の営業部長水上晴由に取材を行ったところ、水上は、原告が保険会社から火災保険金を一部受け取ったものの、出火元から示談金は一切受領していない旨述べたこと、他方、同被告の小山記者が、右同日ころ、原告の元妻丁原夏子の再婚相手である丁原竹夫に対し取材を行ったところ、同人は、原告が出火元の男性から一五〇万円を脅し取った旨述べたこと、さらに、同被告の薗部記者が、同年春ころまでに、原告が賃借していたアパートの大家に取材を行ったところ、同人は、原告から、商品に火災保険を掛けていなかったので、出火元である戊田から一五〇万円の支払を受けたなどと説明を受けた旨述べたこと、もっとも、原告が弁償金として一五〇万円を受け取ったというのは誤りであり、戊田は火災に遭った原告を含む三世帯に対し一律に各五〇万円を弁償したものであることの各事実が認められる。

右事実によれば、原告が、火災による被害に関して火災保険金を受け取ったこと、原告が出火元である戊田から弁償金を受領したことは、いずれも真実と認められるが、原告が戊田に対し、保険に入っていないと嘘をついたかどうかの点については、被告共同通信社の記者は、戊田に対する取材を行っていないのであり、かえって、《証拠略》によれば、週刊文春昭和五九年二月九日号には、戊田は、原告の保険加入の有無につき何ら聞いていない旨の記事が掲載されているのであるから、右取材結果だけで第四部分の事実を真実と認めることはできず、他にこれを真実と認めるに足りる証拠はない。

(四) 第二部分について

第二部分は、第三及び第四部分の事実を総合的に評価した表現であるが、前提事実となる第三及び第四事実の真実性が証明されておらず、他に原告が保険に熱中していたとの評価を裏付ける事実を認めるに足りる証拠はない。

3 取材を行った被告共同通信社において配信した本件記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があったか。

(一) 第一部分について

前記認定事実のとおり、取材対象者である牛沢部長の社会的地位及び職務内容、取材の回数、取材時の状況、同部長の話の内容の具体性、同部長において調査結果をまとめた書面の一部が証拠として提出されていること等にかんがみ、薗部記者が牛沢部長の述べた話を真実であると信じたことには、相当の理由があったものと認められる。

確かに、牛沢部長が調査した伊勢丹の社員らに対する裏付け取材や、原告本人に対する取材はなされていないものの、女遊びを目的とするなどの女性関係に関する醜聞を内容とするため、伊勢丹の社員らに対する裏付け取材が極めて困難であることは容易に想定でき、また、前記一4記載のとおり、原告は乱交パーティーやスワッピング・パーティーに参加したことについて、自ら暗に表示していることからすれば、右の点は、右相当の理由があったとの認定判断を左右するものとはいえない。

そして、牛沢部長の述べた前記話の内容は、第一部分の主要な内容をなすものであるから、薗部記者が第一部分を真実と信じたことには相当な理由があったものと認めるのが相当である。

(二) 第三部分について

第三部分については、本件各記事の掲載当時、原告がカメラの盗難を偽装して保険金詐欺を犯したことを根拠付ける事実は、松子が竹子から聞いた原告の発言内容の再伝聞だけであり、右内容自体が、前記判示のとおり漠然としている上、裏付け取材も何ら行われておらず、原告本人に対する取材も行われていないのであるから、これを真実と信じるについて、相当の理由があるとはいい得ないものである。

(三) 第四部分について

第四部分については、原告が保険会社から火災保険金を受領しながら、他方で出火元から弁償金を受領していたとの事実、アパートの大家が、原告から保険に入っていない旨の説明を受けたとの取材結果から、原告が出火元の戊田に対しても、保険に入っていないと嘘をついたのではないかと疑われるに過ぎないところ、被告共同通信社の記者らは、戊田に対して取材を行っておらず、かえって、前記週刊文春の記事によれば、同人は、原告の保険加入の有無につき全く知らない旨述べているというのである。したがって、原告が本件火災に関連して戊田に対し嘘を言い弁償金を騙取したとの事実を真実と信ずるについては、相当の理由があったものとはいえない。

(四) 第二部分について

第二部分については、第三及び第四部分の記事を総合的に評価したものであるから、これを真実と信ずるにつき、相当の理由があったとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(五) 以上によれば、被告共同通信社において、本件配信記事の第一部分については、これを真実と信ずるに足りる相当の理由があったものといえるが、第二ないし第四部分については、右の相当の理由があったとは認められない。

4 配信を受けた被告加盟社らにおいて本件各記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があったか。

(一) 本件記事の配信の経緯等

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告共同通信社は、新聞事業者、放送事業者及び通信事業者等を構成員たる社員とし、内外のニュース及びニュース写真を編集し、これを敏速、的確に社員及び海外の報道機関に通報すること等を業務として、昭和二〇年に設立された社団法人であり、平成七年四月現在、全国的規模において、地方新聞社及び日本放送協会等六二社が加盟しているほか、朝日、毎日、読売を含む一一の新聞社や一七〇の民間放送局が、その契約会社となっている。被告共同通信社は、東京に本社を、札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡の五都市に支社を、各府県庁所在地等四七都市に支局を置き、国内取材に当たっているほか、海外の四〇都市に支局を設け、一八か所に通信員らを配置し、外国通信社と提携するなどして、世界的ニュースをも取材、編集した上、前記加盟社及び契約会社等の各配信先に対し、一日平均二万五〇〇〇行の記事及び一七〇枚の写真を配信しているものであって、我が国における代表的な通信社といえる。被告共同通信社は、本社編集局内に、政治部、経済部、産業部、社会部、外信部、科学部等を設け、国会、中央官庁、経済団体、警視庁、裁判所等に設けられた記者クラブに加入し、取材活動を行っている。

(2) 被告共同通信社の社員である加盟新聞社は、定款上、原則として同被告から配信を受けたニュース等を所定の目的以外に使用すること及び社員以外のものにこれを利用させることを禁止され、また、ニュース等を使用するときは、ニュース等ごとに「共同」のクレジットを付さなければならないものとされており、さらに、配信されたニュースの趣旨内容について変更又は修正を加えることは、原則として認められない取扱いになっている。

(3) 被告加盟社ら六社は、いずれも被告共同通信社の加盟新聞社として、昭和六〇年九月一一日、別紙一記載の記事の配信を受けたものであるが、被告共同通信社から提供されたニュース等の趣旨内容につき、原則として、変更又は修正を加えることが許されない取扱いになっているため、各被告加盟社らにおいて、本件配信記事に基づき、その裏付け取材を特に行うことなく、本件各記事を各日刊紙上にそれぞれ掲載した。なお、地方の報道機関は、経済的、人員的制約から、世界的、全国的ニュースにつき裏付け取材をすることが困難である上、取材源を秘匿する必要があること、あるいは配信先の報道各社が裏付け取材に殺到しては、その取材源たる人物に迷惑となることから、被告共同通信社の配信した記事については、配信先において、独自の裏付け取材や問い合わせ等を行わないのが慣行となっている。

(二) 右事実を前提に、配信を受けた被告加盟社らにおいて、本件各記事の内容が真実であると信ずるにつき、相当の理由があったかどうかを検討する。

(1) 前記認定事実のとおり、被告共同通信社は、多数の報道機関が加盟する我が国の代表的な通信社であり、人的及び物的に取材体制が整備され、その配信する記事の信頼性が高く評価されて、右配信記事の正確性については、同被告が専ら責任を負い、加盟報道機関は裏付け取材を要しないとの前提の下に、報道体制が運営されているところ、このような報道体制は、地方の報道機関が、物的、人的及び経済的な制約があるにもかかわらず、世界的、全国的事件等を報道することを可能にし、ひいては、地方に在住する一般の国民が、世界的、全国的事件を時機に遅れることなく知る機会を得ることになる点で、社会的効用の極めて高い体制であるということができる。そして、現代の情報通信社会において、国内外のニュースがほぼ一両日中に伝達されている現状にかんがみると、たとえ、加盟報道機関において、被告共同通信社の配信する記事が、形式的に他者の名誉を毀損することを予見し得たとしても、犯罪関連報道などの名誉毀損的報道が大量に存在しており、かかる配信記事の真実性を全て独自に裏付け調査することは、新聞社にとって特に重要な情報伝達の迅速性を害することになりかねず(新聞は、雑誌等に比べ、一層迅速性の要請が高い。)、結局、一般の国民にとっても不都合な結果を招くことになる。

被告共同通信社が我が国の代表的な通信社であるといっても、その配信記事の内容に捜査機関等の公表事実と同程度に高い信頼性があるとはいえず、また、配信記事が配信先の報道機関によって報道されることにより、違法に第三者の名誉を毀損する場合のあることは否定できないが、右のとおり、被告共同通信社の配信記事の正確性が高く評価されていることも事実であり、被告共同通信社の配信記事に基づく全国的規模における配信システムの社会的効用が極めて高いこと、また、右のように第三者の名誉が違法に毀損された場合、被害者は被告共同通信社に対し不法行為責任を追及することができるから、配信先の報道機関の不法行為責任を否定しても被害者の救済に欠けるところはないことを考慮すれば、被告共同通信社の配信した名誉毀損的記事を加盟新聞社が特に修正や変更を加えることなく日刊紙上に掲載する場合の責任に関しては、個人の名誉の法的な保護と右配信システムの社会的効用との調和を図る見地から、右配信記事の内容が社会通念上不合理であるとか、加盟新聞社がその手持ちの情報等からみて虚偽であると疑われるなど、その真実性を疑うべき特段の事情のない限り、独自に裏付け取材をする注意義務はないものと解すべきであり、仮に、右配信記事の内容が真実に反し、特定人の名誉や信用を害する結果となっても、加盟新聞社には、自己の掲載した記事が真実であると信ずるについて相当な理由があり、同記事の掲載、頒布行為は違法性を欠くものと解するのが相当である。

(2) 原告は、配信元を明示するクレジットを付記していない現状の配信記事報道において、名誉毀損の被害者は、配信先である加盟報道機関に対して損害賠償請求訴訟を請求しがちであり、右のような解釈の下にその請求が棄却されるということになれば、右被害者は配信元に対する再訴の提起を余儀なくされるため、その救済に欠けることになる旨反論するが、訴えの提起に先立ち、多少なりとも報道機関と事前に交渉すれば、当該記事が通信社からの配信によるものか否か直ちに判明すると考えられるから、右のように解しても、特段被害者の救済に欠けることになるとまでいうことはできない。

(3) 被告加盟社らの本件各記事は、被告共同通信社の本件配信記事に基づくものであるところ、《証拠略》によれば、原告に関しては、既に、いわゆるロス疑惑事件、その女性関係、保険にまつわる疑惑が、多くの報道機関により報道されていた上、被告共同通信社が、原告に関し、精力的に取材活動を行っていたことが認められ、これらの事実に照らすと、当時、右配信記事の内容が社会通念上不合理なものであったとは認め難く、他にその真実性を疑うべき特段の事情があったとは認められない。したがって、被告加盟社らには、本件配信記事に基づく本件各記事が真実であると信ずるにつき相当な理由があり、本件各記事の掲載、頒布行為は違法性を欠くというべきである。

三  不法行為責任の有無

以上によれば、被告共同通信社は、原告に対し、本件配信記事のうち第二ないし第四部分を、被告岩手日報社及び同河北新報社を除く被告加盟社ら四社に配信したことについて、不法行為に基づく損害賠償責任を負うものである。

これに対し、前記判示のとおり、被告岩手日報社及び同河北新報社は本件配信記事のうち第一部分を掲載したが、第二ないし第四部分は掲載しておらず、また、被告共同通信社が第一部分を真実であると信じたことには相当な理由があったものと認められるから、被告共同通信社は、被告岩手日報社及び同河北新報社に本件配信記事を配信したこと及びその余の被告加盟社ら四社に対し本件配信記事の第一部分を配信したことについて、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うものではない。

なお、被告岩手日報社及び同河北新報社は、本件配信記事のうち第一部分のほか、原告の過去の非行、犯罪歴等を掲載し、第二ないし第四部分は掲載していないものの、「ウソと打算の半生」等の見出しを付して本件各記事を掲載してお り、原告は、右見出し自体が原告の名誉を毀損するものである旨主張する。しかしながら、見出しは記事の内容が一目で分かるように付ける標題に過ぎないものであるから、それが原告の名誉を毀損するものかどうかは、見出しの下に掲載された記事の内容と総合して評価すべきものであると解されるところ、被告共同通信社において第一部分が真実であると信ずるにつき相当な理由があったことは前記判示のとおりであること、原告の過去の非行、犯罪歴等に関する部分について、原告はそれが名誉毀損に該当するなどの主張はしていないことを考慮すれば、掲載記事の内容に照らして右の見出しが適切なものであるかどうかはともかく、それ自体をもって原告の名誉を違法に毀損したものということはできない。

四  損害額

本件各記事の第二ないし第四部分は、原告が保険契約を悪用した事実を摘示し、原告の信用を一定程度低下させたものではあるが、《証拠略》によれば、当時、原告に関しては、新聞、雑誌、テレビ等において、犯罪に関するものか否かを問わず、様々な事柄が大量に報道されていたから、本件各記事に直接起因する原告の信用低下の程度は、わずかなものであったというべきであり、また、原告が右各配信の事実を知ったのは、本件各記事の掲載から八年近くも経過した平成五年以後であること、原告は、右当時、既に報知新聞において、本件各記事とほぼ同一内容の記事が掲載されたことを知り、株式会社報知新聞社及び右記事を配信した被告共同通信社に対し、名誉毀損を理由として損害賠償を求める訴えを提起していたこと(当庁平成四年(ワ)第一一八七号、同第一四三七九号)が認められ、右各事実に照らすと、原告が本件各記事の存在を知ることによって被った精神的苦痛の程度も、それほど甚大なものではないといわざるを得ない。

これらの事実及びその他本件に顕れた一切の事情を総合勘案すると、被告共同通信社が、被告岩手日報社及び同河北新報社を除く被告加盟社ら四社に対して本件配信記事を配信し、それが右被告加盟社ら四社の発行する各日刊紙に掲載されたことにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するには、各加盟社に対する配信行為ごとに一〇万円をもってするのが相当である。したがって、被告共同通信社は、原告に対し、合計四〇万円の損害を賠償する義務がある。

なお、被告らは、原告は、原告に関する報道が名誉毀損であると主張した損害賠償請求事件において合計一億円を越える賠償金をマスメディア等から受領しているところ、一個人の名誉の総量には限界があること及び原告の社会的評価が当時相当程度低下していたことを考慮すると、もはや原告の名誉毀損による損害は十分に賠償さている旨主張するも、個々の名誉毀損ごとに損害は発生するもので、その損害額は、法益侵害の程度・態様、加害者及び被害者に認められる諸般の事情等により決定されるべきものであり、また、原告の社会的評価が当時相当程度低下していたものとしても、本件の名誉毀損により原告に損害が発生しないとはいえない。したがって、被告らの主張には理由がない。

五  以上の次第で、原告の本件請求は、被告共同通信社に対し、損害金四〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年九月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告加盟社らに対する各請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青柳 馨 裁判官 山田陽三 裁判官 松井信憲)

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